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2024.05.12

地球の半分くらい出ました

子どもの矯正の付き添いで歯科に通っている。現在は矯正装置のワイヤーの強度をだんだんと上げていく段階だが、取替中に子どもの口からワイヤーが出ている姿はいつも面白い。子どもが右足で写真を撮ってほしいとサインを送ってくるので、まめに撮っている。ワイヤーの自由なかたちから、いきおい六波羅蜜寺の空也像を思い浮かべていたところ、診察室内で隣の隣のブースから聞こえてきた男性の「地球の半分くらい出ました」という言葉。その後聞き耳を立てるも、ぼそぼそとした声はなんとなく聞こえるものの意味を結ばない。先生は女性なので男性患者が症状を訴えている状況かなと想像するが、歯科医に向かって言う言葉としてまったく適切じゃなくて、それまで弛緩していた頭のなかが急遽忙しくなる。

地球の半分くらい?何が出る?そんな大きなものって何?いやいや地球が聞き間違いだろう。じゃあ地球の代わりに入る言葉は?歯や口に関することだから半分くらい出るのはつばと仮定して、じゃあ「つばが○○の半分くらい出ました」だとしたら「ちきゅう」に似た言葉が思いつかない。あ!「時給」か?だとしたら、つばじゃないな。では、つばを取りやめて、症状を訴えているのではなく世間話路線に頭を切り替えるとして、時給の半分くらいの何かが出たのか。声から想像するに時給をもらうよりかあげる立場の感じだったが果たしてどんな人か……。

思わず立ち上がって覗き込みたい気持ちに駆られたが、私は親として付き添っている手前、行儀良く座っていなければならない。もどかしい状況のまま、そのうち男性の声がしなくなった。どうやら帰ってしまったようだ。置いてきぼりにされた頭の中で地球型のお椀のなかに半分くらい液体が入っている図像が浮かぶ。ちゃぷちゃぷと。正解は分からずじまい。

私は矯正をしたことがないので、先生がおこなうすべてが新鮮だ。しかも付き添いなので観察に集中できる。以前、先生がワイヤーの強度を徐々に上げていくという話をした時、その素材について言及した内容をメモに残していた。見返すと「ニッケルチタン、コバルトクロム、ステンレスの順番で強くする」と書いている。自分の中でこの情報はすごく重要だと確信したことを覚えているが、今思うとどうしてなのかよく分からない。

そもそも誰がワイヤーで固定して徐々に歯を動かそうだなんて思いついたんだろう。矯正を思いついた人すごい。矯正期間の長さを知ったときは途方に暮れたが、今は超スローモーに動いていく歯も素直でいいなと思っている。子どもに口を「いーっ」と開けてもらってたまに観察しているが、植物みたいに気づかせないスピードで、けれども着実に変化していくところがいい。矯正の歴史、検索すれば分かっちゃうのだろうけれど、調べないでおこう。私の頭の中に、地球の半分くらいの何かと矯正の起源を分からずじまいで残しておく。

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